名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)557号 判決 1979年8月28日
控訴人
岡野鉉吉
右訴訟代理人
伊藤静男
外二名
被控訴人
日本国有鉄道
右代表者総裁
高木文雄
右訴訟代理人
森本寛美
外六名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
当裁判所の判断によるも、控訴人の本訴請求は、失当として棄却すべきものと考える。その理由は、左記に付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるからここにこれを引用する。
控訴人の主張1について
本件営業規則二八九条二項の規定が、列車遅延の原因において被控訴人もしくはその履行補助者の責に帰すべき事由によるものであるか否かを問わず適用されるべき免責約款の性質を有するものであること、したがつて、右遅延の原因が、仮に履行補助者の故意によつて生じた場合であつても、公序良俗違反もしくは信義則違背等により具体的事案によつて無効とされる場合を除き、一般的には同規定の適用が排除されるべきものでないことは、原判決説示(原判決一〇枚目裏八行目から同一一枚目裏五行目まで及び同一一枚目裏一〇行目から同一二枚目表一〇行目の「理由がない。」まで)のとおり解するを相当とする。
さらに付言するに、控訴人は、本件急行列車遅延の原因が、履行補助者の故意によると主張するところ、右にいわゆる「故意」の意味内容は、未必的故意の程度のものから結果の発生を目的とするに至るものまで種々の態様があるばかりでなく、故意は過失と比較して通常その責任が重いといつた責任評価の面からみても、右のような違法な行為に至つた動機とか周辺の事情が異なるのに伴い、故意による列車遅延に対しても色々な評価が考えられるから、故意による場合とその他の原因による場合とを画一的に判然と区別することは必ずしも容易なわけではない。また一般の債権関係においては、履行補助者の故意をもつて債務者の故意と同視しうるとすることは信義則上も相当といえるであろうが、日本国有鉄道の経営にかかる鉄道事業における企業体とその旅客との関係は、特殊な営業形態の下において日常的、大量的に間断なく生起するものであつて、鉄道を利用する旅客の側において通常被る損害の程度もそれほど重大ではなく、ある程度画一的であることが予想されるものであるから、列車の遅延による損害賠償の免責約款の解釈上、右のような一般的債権関係における解釈原理をそのまま持込むことは相当でないというべきである。
(ちなみに、陸上旅客運送に関しては商法七三九条のような免責約款を制限する規定はないし、ドイツ民法においても、同法二七六条二項は、「故意による債務者の責任は予めこれを免除することを得ず。」とする一方、同法二七八条は履行補助者の有責行為につき債務者は同一の範囲において責に任ずべきものとしながらも、「右規定(二七六条二項)は履行補助者の場合については適用しない」として履行補助者の故意については債務者本人の責任を予め排除することができるとされているのであつて、本件においてもこれを参考にするべきである。)
以上の諸点に鑑みると、列車遅延につき、履行補助者の故意をもつて、直ちに債務者である被控訴人の故意であるとしたうえ、それが過失その他の事由による列車の遅延と区別して特に被控訴人に重大な責任を問うべきものとするのは、営業規則二八九条二項の免責約款が定められた趣旨目的そのものを否定する結果を招来し、相当とはいえない。
よつて控訴人のこの点の主張は採用しえない。
同2について
控訴人主張の普通取引約款解釈の原則なるものは、約款解釈における唯一絶対の解釈原理ではなく、一つの有力な解釈原理に止まるとみるべきものである。原判決は、約款の作成者と相手方との関係全般につき総合検討したうえで、合理的解釈として、営業規則二八九条二項がストライキ約款の趣旨を含むものであることを導き出しているのであつて、右判示は控訴人主張の右解釈ともなんら抵触するものではない。
よつて控訴人のこの主張も採用しえない。
同3について
国労及び動労の違法な争議行為による列車の延着が、被控訴人の履行補助者の故意による列車の遅延に該当するとしたうえで、この場合においても、本件営業規則二八九条二項が適用されるとすることは何ら不合理ではないし、かつ、公序良俗に反するものでもないことは原判決説示(同一二枚目表六行目から同裏四行目まで)のとおりである。そうである以上これが信義則に違背するいわれはないのみならず、控訴人指摘の独禁法の規定の趣旨にも反するものでもない。
よつて控訴人の右主張も採用しえない。
同4について
原判決説示(同一三枚目表七行目から一一行目まで)のとおり、被控訴人が恣意的に本件急行列車の延着を生じさせたとか、国労及び動労となれ合いで違法な順法闘争に加担したなどの事情の認められない本件においては、被控訴人が本件営業規則の規定に基づき、本件急行料金の支払を拒むのは正当であつて何ら信義則にもとるものではないし、権利の濫用にも当らない。
被控訴人が、違法な争議行為に及んだ国労及び動労に対して右争議行為によつて生じた損害の賠償請求をすることは、個々の職員に対し損害賠償の請求をするのとは異なるうえ、その請求の当否も本件とは別個の観点から評価されるべきものであるから、これを格別に取扱つたからといつて何ら理不尽な主張態度ということはない。
さらに、控訴人は少なくとも本件急行料金の半額程度は払戻しをすべき旨主張するけれども、右のような取扱は、本件営業規則二八九条二項制定の趣旨目的そのものを否定するものであつて、右規定が前述のとおり解すべきものである以上、到底これを認めることはできない。
よつて控訴人の右主張も採用しない。
よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(柏木賢吉 山下薫 福田晧一)